田島ハルコとは…

こちらのインタビューを読んでいただくのが早いだろう

 

「ネシ子が会う」田島ハルコ(連載 第十二回)

http://ima.goo.ne.jp/column/article/4633.html

写真;南阿沙美 

 

田島ハルコは

享楽的でチャラいダンス音楽とギャルカルチャーを愛するものの、あくまでストイックなオルタナティブ精神でエレクトロミュージックを作り、歌う女性。

(2017年1月現在)

 

また、軽美術作家、フェイク巫女(※要出典)である。

 

田島ハルコが好きなファミレスとファーストフード及び

好きな商業施設及び好きな概念

日高屋、サイゼリヤ、夢庵、バーミヤン、100円の回転寿司、ピザ、ドイツ、ニューウェーブ、グミ、うどん(食べ物としては好きじゃない)、ダイソーの大型店、用途不明のチープな雑貨、イオン新潟南店、安近未来・安宇宙・安エクニック・安呪術、及び外国の安日本趣味、ディストピア、日本の郊外、化学調味料をふんだんに使った味の濃い食べ物、ふりかけ、梅の味、球状の物体、駄菓子のパッケージのデザイン・フォント、ごちゃごちゃしている中にも秩序があるもの、キラキラの透明な物、発光する物体、鉱物、結晶、EDMのフォント、ギャル、、etc

 
ソロ以外の音楽の活動
大学の友人と結成したニュー(ノー)ウェーブバンド、シャンプーハッツのフロントマン(ボーカルとギター、メインの作詞作曲担当)。
(※活動不活性)
 また、元アイドル3名による解雇トリオヒップホップユニット、キングモスラのラッパー、MC TABEZONEとしての活動もある。
(※2017年1月現在、もうやっていない)
 
軽美術の活動
2015年 女子美術大学洋画専攻卒業

 

主な展覧会 

2012年 インターネットコズミックアイドル展@デザインフェスタギャラリー

2015年 田島ハルコ展~田島はナウロマンティック~@高円寺吉野純粋蜂蜜店ギャラリー

2016年 グループ展などにちょくちょく参加しました。(雑)

生い立ち〜現在
1992年10月26日、新潟県で一人娘として生まれる。家庭内では箱入り娘としての多少甘やかされつつ愛情を沢山受けて育つが、小学校という生まれて初めての社会を経験してからは「箱入り娘」という自我が撃沈。それ以降スクールカースト下位層からもハブられたりする最悪の思春期をおくる。そんな中、漠然とバンドに憧れてギターを親に買ってもらう。しかし、友達がいなかったのでバンドをやることもなく、一人でめちゃめちゃ重たいお古のウインドウズXPにキューベースを入れて曲を作ろうと試みる。しかし、めちゃめちゃ重たいのでちゃんとした打ち込みにしようとしてもすごくガタガタなヤバい曲しかできない。音楽はそれ以来諦める。
 しかし、「何でもいいから何かやりたい」という思いだけは日に日に募り、ついに高校2年生になって何故か絵でも描いてみようと思い立ち、高校の美術部に入って油絵を描き始める。
 2011年、美術大学進学に伴い、神奈川県で一人暮らしを始める。親の干渉もないのでこれでようやく好き放題大暴れできる!大学は絶対に楽しめる!と思っていたものの、「学校」というシステムが自分はもう既に苦手、という事に気がつく。何度も中退してえ…と思いながらも、日本の大学というシステムは帰属意識が皆無でなんなら全然出席しなくてもそこそこ要領があれば卒業できるということに気づき、ほぼ何も残さないまま結局在学し続ける。その頃から中学の時に買ったギターが勿体無いのでゆるやかにバンド活動を始めるものの、軽音サークルに信じられないほど馴染めなかったためサークル外でライブをやるようになる。当時何も分かっていなかった為、ノルマを支払いながら主に八王子で主婦バンドや高校生のコピーバンドと対バンしていた。紆余曲折を経て、シャンプーハッツの音楽を理解してくれる仲間たちが現れ始め、もうちょっと知性がある人たちにレインコーツやナゴム系になぞらえられがちになる。
 一方、大学をサボりすぎて親に猛烈な罪悪感があったため、3年生になってヤケクソのように就活を始める。内定が出た後、働きたくないという強い思いが急にふつふつと湧き始め、心を癒す為に卒業制作を期にヤケクソのように大量の作品を生み出しまくる。そのふんだんなヤケクソの結果の作品は、2015年3月に高円寺の吉野純粋蜂蜜店ギャラリーにてふんだんに展示される。2015年4月より金融関係の職種に従事。現在無職。(※2017年1月現在、バイトの主婦)